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松江地方裁判所 昭和24年(ワ)78号 判決

原告 験馬大教

被告 荒川宥照

一、主  文

被告が昭和二十四年五月二十五日、松江地方法務局大社出張所でなした島根県簸川郡大社町大字杵築北三千十六番地長谷寺主管者について「主管者験馬大教は昭和二十四年四月二十日罷免処分により退任した左記の者同年五月二十日主管者に就任す、簸川郡上津村大字上島六十九番地荒川宥照」との登記は、無効であることを確認する。

被告は、前記の登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は、被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、その請求原因として次の通り陳述した。

(1)  原告は島根県簸川郡大社町大字杵築北三千十六番地、真言宗醍醐派所属長谷寺の前住職験馬明照が昭和十七年八月二日に死亡後、その後任として昭和十八年二月八日右寺院の住職となつた。

(2)  かねてから右醍醐派の島根宗務支所長稲田寛立及び同代議員である被告の養父荒川隆明等はその地位を利用して右寺院の管理等に不当な干渉をしていた。

(3)  そこで、原告は昭和二十四年三月頃、信徒の総意に基き、当時の信徒総代である手銭白三郎、野波百次郎及び新宮与一郎の同意を得て、右寺院の所属する宗派を高野山真言宗に変更し、同年四月十八日同宗主管者大原智乗から高野山真言宗所属の右長谷寺住職に任ぜられ、同月二十日右寺院の寺院規則中所属宗派を真言宗醍醐派としてあつたのを、高野山真言宗に変更した旨島根県知事に対し、宗教法人令第七条に定めてある寺院規則変更の届出を了した上、同年五月二十五日、松江地方法務局大社出張所に対し右寺院規則変更の登記申請をしたところ、その受理を拒絶せられた。

(4)  真言宗醍醐派主管者岡田戒玉は昭和二十四年五月二十日付辞令書によつて、原告に対し、みだりに転派を企てたことを理由として原告が真言宗醍醐派所属長谷寺の住職たることを罷免する旨通告し、原告は右辞令書を同月三十一日に受領した。そして右醍醐派管長は原告に対する右罷免と同時に被告を醍醐派所属の長谷寺の住職に任命し、被告は右任命に基いて、松江地方法務局大社出張所において同月二十五日付を以て右寺院の主管者について「主管者験馬大教は昭和二十四年四月二十日罷免処分により退任し左記の者同年五月二十日主管者に就任す、簸川郡上津村大字上島六十九番地荒川宥照」との登記を了した。そこで前記の通り原告の前記登記申請は受理されなかつたのである。

(5)  しかしながら、右真言宗醍醐派主管者は、長谷寺が高野山真言宗に所属した後は、右寺院に対し何等の権限をも有しないのであるから、右原告に対する罷免及び被告を右寺院の住職に任命したのは無効であり、従つて被告がなした右登記は当然無効である。

(6)  そこで原告は被告に対し、被告のなした右登記の無効であることの確認並びに右登記の抹消登記手続を求めるため本訴に及んだのである。

次いで原告訴訟代理人は、被告主張事実に対し次の通り陳述した。

被告主張事実中、(い)のうち、原告が神門村所在多聞院の住職であつて、長谷寺の兼務住職として就任したものであること、(ろ)(B)のうち、真言宗醍醐派宗派規則及び長谷寺寺院規則に被告主張の如き規定のあること並びに原告のなした転派について真言宗醍醐派主管者の承認及び法類総代の同意を得ていないことは何れも認めるが、その余の事実はすべて否認する。

宗教法人令第六条に、寺院規則を変更するには、寺院が宗派に属するものであるときは、宗派の主管者の承認を受けることを要する旨定めてあるが、寺院の所属宗派の変更に伴う寺院規則の変更については新らたに所属する宗派の主管者の承認は必要であつても、従来所属していた宗派の主管者の承認はこれを要しないものと解すべきである。すなわち若しその承認を必要とするならば、憲法の保障する信教の自由は失われることになる。従つて右の趣旨に反する前記宗派規則及び寺院規則の規定は憲法に違反する無効のものであるから、右転派及びこれに伴う寺院規則の変更は適法である。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、事実に対する答弁として、次の通り陳述した。

原告主張事実中、(1) の事実、(3) のうち転派が信徒の総意に基きかつ信徒総代の同意を得たものであることを除いたその余の事実及び(4) の事実は何れも認めるが、その他の事実はすべて争う。

原告の請求は、以下に述べるような理由で失当である。

(い)  原告は長谷寺の住職に就任当時、簸川郡神門村所在多聞院の住職であつて、右長谷寺の住職は兼務であつたため、真言宗管長は原告の同寺院住職の在任期間を三箇年と定めて任命したものである。従つて原告は右任命された昭和十八年二月八日から三箇年を経過したとき右寺院の住職たる地位を失つたものであるから、その後に原告のなした転派の手続は、当然無効である。

(ろ)(A)  原告は腹心の者数名と謀つて、ほしいままに真言宗醍醐派より離脱せんと企てたものであつて、右転派は檀、信徒の総意に基くものではない。この様に、檀、信徒の総意を無視した転派は各檀、信徒の信教の自由を制限、拘束するものであつて、信教の自由を保障した憲法の規定に違反する無効のものである。

(B) 原告のなした転派が、長谷寺の寺院規則の変更となることは明白であるところ、寺院規則を変更するには、宗教法人令第六条により檀、信徒総代の同意及び所属宗派の主管者の承認を受けることを要する旨定めてあり、転派については真言宗醍醐派宗派規則第百八十条に、「寺院が解散又は本寺転換をするには住職において法類総代及び檀、信徒総代並びに関係本寺の同意を得、管長の承認を受くべき旨の規定があり、また長谷寺寺院規則第四十七条には解散、移転及び他の寺院と合併をする場合は檀、信徒の三分の二以上の同意を要する旨の規定があるが、本件転派及び転派に伴う寺院規則の変更については、右の諸規則により必要とされている所属宗派の主管者たる真言宗醍醐派管長の承認、法類総代の同意及び檀、信徒の三分の二以上の同意を何れも得ておらず、更に、原告主張の信徒総代三名は原告から此の度規則が変つて高野へつかねばならなくなつたから判をして下さい」と欺かれて、転派に対する同意であることを知らずに転派に必要な書類に押印したものであつて、その同意の意思表示は要素に錯誤のある無効のものである。従つて、右転派は前示法令及び諸規則に違背し、無効である。

(C) 以上の通り、原告のなした長谷寺の転派は無効であるから、右寺院は依然真言宗醍醐派に属するものである。従つて同派管長は同宗派規則の懲戒の規定に従い、みだりに転派を企てたものとして原告を罷免したものであつて、もとよりその処分は有効であり、又、同管長が被告を右寺院の住職に特任したことも有効である。

(は)  かりに右転派及びこれに伴う寺院規則変更が有効であつても、右寺院規則変更については登記がなされていないし又原告が右寺院の主管者たることの登記がないのであるから、宗教法人令第五条により、原告は被告に対し原告が右主管者たることを対抗しえないものである。

<立証省略>

三、理  由

原告が簸川郡神門村所在多聞院の住職であつて、昭和十八年二月八日に、島根県簸川郡大社町大字杵築北三千十六番地、真言宗醍醐派所属の長谷寺の兼務住職になつたことは当事者間に争がない。

被告は、原告の右兼務住職の任期は就任のときから三箇年と定められていて、原告は右期間の経過により右寺院の住職たる地位を失つたものであると主張し、証人稲田寛立及び同天野[禾農]文の各証言によれば、当時の真言宗宗派規則に兼務住職の任期は三箇年とする旨の規定があつたことがうかがわれるけれども、原告本人訊問の結果及び後記の如く原告が右兼務住職に就任したときから六箇年以上を経過した昭和二十四年五月二十日に真言宗醍醐派管長が原告に対し罷免処分をした事実とを合わせ考えると、原告は三箇年の任期到来後も、その任期を更新せられて、昭和二十四年四月においても引続き長谷寺の兼務住職をしていたことを認めることができる。

原告が昭和二十四年三月頃右寺院の所属する宗派を高野山真言宗に変更する手続をなしたこと、当時の右寺院の信徒総代が手銭白三郎、野波百次郎及び新宮与一郎の三名であつたこと、原告が同年四月十八日、高野山真言宗主管者大原智乗から長谷寺住職に任命せられたこと並びに原告が同月二十日右寺院の寺院規則中、所属宗派を真言宗醍醐派としてあつたのを高野山真言宗に変更した旨島根県知事に対し宗教法人令第七条に定めてある寺院規則変更の届出を了したことは当事者間に争がない。

そこで、右転派及びこれに伴う寺院規則の変更が有効であるかどうかを判断する。

まず、寺院がその所属する宗派を変更するについては、檀徒及び信徒の総意によることを要するかどうかであるが、寺院がいかなる宗派に属するかによつて、その教義、宗教活動に種々の差異を生ずるわけであるから、各檀徒及び信徒の信仰の根本にかかわる最も重大なことがらであり、既に廃止せられた宗教団体法の如きは、原則として、寺院の任意の転派を認めなかつた位である。従つて檀徒及び信徒の総意に反して、寺院主管者が専断的に、或は単に檀、信徒総代のみの同意を得て、所属宗派を変更し、各檀、信徒の信仰に重大な影響を及ぼす如きことは憲法第二十条に保障されている信仰及び宗教上の行為の自由の原則に照して許されないところであり、寺院がその所属する宗派を変更するについては檀、信徒の総意(その大部分の同意)に基くことを要するものといわねばならない。そこで本件所属宗派の変更についてみるのに、証人手銭白三郎、同熱田晴信、同永見彌三郎、同新宮正俊、同椿佐市、同小室フサの各証言並びに原告本人訊問の結果によると、右長谷寺は葬儀、法要を営まない寺院であつて、いわゆる檀徒は存在せず、また、右寺院は通称出雲巡礼の札所三十三寺の一として、各地から信徒が巡礼して参詣するのであつて信徒の範囲は不明であるため、右転派当時は信徒会等の組織も存在しなかつたこと、そこで従前は便宜上信徒総代三名を定めて、その者等が長谷寺に関する主要な事項につき協議にあずかつてきたものであること、従つて右転派について信徒の総意を問うことは不可能な事情にあつたことを認め得るから、右転派については、例外的に前示信徒総代三名の同意を得れば足るものと解せざるを得ない。そして前記手銭、新宮両証人の証言によつて原本の存在及びその成立を認め得る甲第四号証、右両証人及び前記椿証人の各証言並びに原告本人訊問の結果によると、転派当時の信徒総代である前示手銭白三郎ほか二名は、原告等から右寺院の所属宗派を高野山真言宗に変更することに対し同意を求められ、それぞれこれに同意して甲第四号証の宗団加入承認申請書に押印したものであることを認め得る。被告は右信徒総代等の同意の意思表示は、その要素に錯誤がある旨主張するけれども、被告の提出、援用した全証拠によるも右主張事実を認めることができない。従つて右転派については、信徒総代全部の同意があつたことは明らかである。

次に、原告が本件転派をなすにあたり、真言宗醍醐派の主管者の承認及び長谷寺の法類総代の同意を得ていないことは当事者間に争がない。そこでまず、右転派に伴う寺院規則の変更が、宗教法人令第六条の、寺院規則の変更については、寺院が宗派に所属するときは宗派の主管者の承認を受けることを要する旨の規定に違反して無効であるか否かが問題となる。寺院が所属宗派を変更することに伴う寺院規則変更の場合に、脱退する宗派の主管者が所属寺院の脱退を承認することは、通常期待し難いことであるから、若しその承認を要するものとすれば、寺院がその所属宗派を変更することは事実上不可能にひとしい結果となるわけであるが、特定の宗派に所属するかどうかは、前記の通り、信仰及び宗教上の行為の自由として憲法の保障するところで、寺院及び檀、信徒の自由な選択に委かされるべきであつて、宗派の主管者の恣意により制限されるべきではないから、右のようにそれを得ることが事実上不可能にひとしい主管者の承認を転派の要件とすることは、右憲法の精神にもとるものといわねばならない。従つて右宗教法人令の規定にかかわらず、寺院が或る宗派を脱退して他の宗派に所属する場合には、脱退する宗派の主管者の承認は、これを要しないものと解せざるを得ないのである。

次に、真言宗醍醐派宗派規則第百八十条に、寺院が解散又は本寺転換をするには、住職において法類総代檀、信徒の総代並びに関係本寺の同意を得、管長の承認を受くべき旨の規定があり、長谷寺寺院規則第四十四条に、右寺院が解散、移転及び他の寺院との合併をする場合は檀徒及び信徒三分の二以上の同意を要する旨の規定があることは当事者間に争がなく、被告は所属宗派変更の場合に右各規定の適用があり、本件転派は右に違反する旨主張するが、所属宗派の変更は、右の解散、本寺転換、移転及び他の寺院との合併の何れにも当らないことは、その文理上明白であつて、本件転派につき、右各規定はその適用を見ないものといわねばならぬ。もつとも成立に争のない乙第二号証によれば真言宗醍醐派宗派規則第百七十九条に所属寺院は宗会の承認をえなければ脱退できない旨規定せられていることを認め得、また成立に争のない乙第三号証の一によれば、長谷寺寺院規則第四十八条に、寺院規則を変更するには住職において法類総代及び総代の同意を得、管長の承認を受くべき旨規定せられていることを認め得るから、所属宗派の変更は、もとの所属宗派からの脱退及び右に伴う寺院規則の変更として、右各規則の適用を受けるものと解せられる。そこで、本件転派及び寺院規則変更が右宗派規則第百七十九条及び寺院規則第四十八条の規定に違反しないかどうかが次に問題となるのであるが、前示乙第二号証によれば、右宗派規則第七十二条から第七十四条までに従い、宗会は、真言宗醍醐派に属する寺院の住職をもつて構成された同派の機関であることを認め得るし、また証人周藤寛昭及び同藤林智照の各証言並びに原告本人訊問の結果によると、本件転派当時の右長谷寺の法類総代は、同寺院の同宗同派すなわち真言宗醍醐派に属する寺院の住職である右藤林智照等を含んでいたことが認められるから、転派及びこれに伴う寺院規則の変更について、宗会の承認及び法類総代の同意並びに管長の承認を要件とすることは、前に説明した脱退する宗派の主管者の承認を要件とする場合と同一の理由により、信仰及び宗教上の行為の自由についての憲法上の保障に抵触し、従つて、右宗派規則及び寺院規則の各規定は無効であるといわなければならぬから、本件転派が右各規定に違反しているからといつて、無効となるものではない。

以上により、本件所属宗派の変更及びこれに伴う寺院規則の変更は適法になされ、有効であることは明らかであるから、原告は昭和二十四年四月十八日高野山真言宗主管者大原智乗により適法に長谷寺住職に任命せられたものということができる。そして、真言宗醍醐派主管者岡田戒玉が、同年五月二十日付辞令書によつて原告に対し、みだりに転派を企てたことにより、原告が同宗所属長谷寺の住職たることを罷免するとの意思表示をなし、原告は右辞令書を同月三十一日に受領したこと並びに右主管者は、原告に対する罷免と同時に、被告を右寺院の住職に特任したことは当事者間に争がないところであるが、右原告に対する住職罷免及び被告に対する住職任命は、右寺院が前記の通り適法に高野山真言宗に所属して、原告があらためて右寺院の住職に就任した後になされたのであるから、右醍醐派主管者において何等の権限もないのにこれをなしたものであることは明白であつて、当然無効であるといわねばならぬ。

然るに、被告が昭和二十四年五月二十五日に、松江地方法務局大社出張所において、右寺院の主管者について「主管者験馬大教は昭和二十四年四月二十日罷免処分により退任し左記の者同年五月二十日主管者に就任す、簸川郡上津村大字上島六十九番地荒川宥照」との登記を了したことは当事者間に争がないが、前示の通り、被告の住職任命が無効である以上、右登記も当然無効であることは明らかである。被告は原告に右寺院の住職たることの登記なく又右寺院は所属宗派の変更に伴う寺院規則の変更登記をしていないのであるから、宗教法人令第五条により、原告が住職であること及び右所属宗派変更の事実を、被告に対し対抗しえない旨主張するけれども、同条に定める登記事項は、登記によつてはじめて有効に成立するものではなく、また、無効の行為が同条の登記により有効となるわけのものでもないから、主管者及び寺院規則変更の登記がないからといつて、真実の主管者である原告が無効な登記により、主管者として表示せられている被告に対し、原告が真実の主管者であつて、被告のなした右登記は無効であることを主張し得ることは明白である。すなわち被告は右無効の登記により不法に原告の主管者としての登記を変更し、かつ原告のなすべき寺院規則変更の登記を妨害しているのであるから、被告は同令第五条第二項にいわゆる登記の欠缺を主張する利益を有する第三者に該当しない者である。従つて被告は原告のために、右登記の抹消登記手続をなし、右寺院の登記を原状に回復する義務があるものといわねばならない。

よつて、右登記の無効であることの確認並びに被告に対し右登記の抹消登記手続を求める原告の請求は、その理由があるから正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 松本多樹 芳村治通 長谷川茂治)

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